母親の金銭問題などでたびたび話題に上がる小室圭さんですが、その度に一体どんな人生を歩まれてきたのか?きになりますね。
そこでコチラの記事では、
- 小室圭さんの生い立ちは?
- 幼少期時代・学生時代・職業の経歴は?
- 母の実家や父の行方について
以上のテーマでご紹介していきます。
小室圭の生い立ち(学歴・経歴)①幼少期
まず、幼少期の小室圭さんから振り返ってみましょう。
1991年10月5日、神奈川県横浜市で母・佳代さん、父・敏勝さんの間に生まれました。
一人っ子だった小室圭さんは母の佳代さんから熱心な教育を受け、3歳から小学校高学年までバイオリン教室に通い出します。
当時の講師だった山内純子さん曰く、始めたばかりのころは左手が思うように動かず、バイオリンを持ち立ったまま居眠りしたこともあったのだと言います。
しかし一生懸命練習した結果、めきめきと上達。
母・佳代さんは、近所の方に「うちの子はバイオリンの天才なの」とよく語っていたようです。
その後1995年4月には『高野山真言宗歓成院大倉山アソカ幼稚園』へ入園。
幼稚園児のころは、今と違ってよく泣く子だったとして「泣き虫王子」だと報じられています。
小室圭の生い立ち(学歴・経歴)②小学生
小室圭さんは、1998年4月に「国立音楽大学附属小学校」へ入学します。
教育熱心な母・佳代さんは圭さんのバイオリンの才能を見出し、将来は音楽関係の仕事をさせたかったようです。
そのため小学校入学を機に、家族そろって横浜市から東京都国立市へ引っ越しをしました。
一方で、父・敏勝さんは国立市から勤務先の横浜市に通勤するために、小室圭さんが寝ている朝6時には家を出て、夜帰ってくるのは小室圭さんが寝てからだったと言います。
まさに「息子中心の生活」を送っていたようです。
また国立音楽大学小学校の関係者によると、小学生時代の小室圭さんは「品がよく自信家」。
学校内でも有名な存在だったのだとか。
「両親のことを“お父さま、お母さま”と呼んでいて、品のよい子が多い音小でも有名な存在でした。
優しい面もありますが、自信の表れなのか、クラスメートを見下したり、相手がいじめられたと感じることもあったようです。」(音小関係者)出典:https://news.yahoo.co.jp/articles
通っていた小学校は1学年に80人程度の小規模な学校だったため、小室圭さんはとりわけよく目立っていたと言います。
ただ、勉強も音楽も順調な学生生活を送っていた矢先のことです。
小学4年生となった2001年の夏、父・敏勝さんが体調を崩し始めました。
父の死
小室圭さんの父・敏勝さんは、横浜市役所の公務員or国家公務員だった、と言われています。
ただ2001年の夏頃になると、勤務先の部署異動によって希望の仕事ができず、上司との折り合いもつかなくなったことに悩んでいた様子。
その結果、敏勝さんの目から生気がなくなり、近所の人から見ても明らかにやつれていったと言います。
誰が見ても「心の病」だと分かるほどでした。
2021年1月7・14日号『女性セブン』によると、見かねた近所の知人が佳代さんへ「心療内科に通わせた方がいいんじゃないか」と言ったところ…
“いやよ、病院に行かないのは本人の勝手だから”
出典:https://news.yahoo.co.jp/articles
という冷たい答えが返ってきたようです。
さらに同じ頃、父・敏勝さんはマイホーム建設の計画を立てていました。
建築家出身だったため、マイホームを建てることが学生時代からの夢だったと言います。
それには敏勝さんの両親が金銭的な支援をしてくれていたのですが、それに乗じるかのように佳代さんが内装や家具を大幅にプラスして、予算がオーバーしてしまったようです。
そのため、佳代さんと敏勝さんの母が衝突。
間に仲介に入る敏勝さんもほとほと困っていた様子だった、と親戚から語られています。
そんな中、仕事や家庭が上手くいかなくなった敏勝さんが、この頃から何度か行方不明騒動を起こすようになったようです。
多摩川の河川敷で半日ほど過ごしていた日もあったのだとか。
そして年が明け2002年の正月明けになると、そんな状態の父・敏勝さんを置いて、小室圭さんと母・佳代さんの2人だけが実家のある横浜市へ帰省。
そこで佳代さんは、家を離れている間の敏勝さんの面倒を、次のように知人へ相談したとのこと。
「夫の食事、なんとかしてもらえます?」
出典:https://news.yahoo.co.jp/articles
敏勝さんは「大丈夫ですよ」と断ったようですが、この3ヶ月後の2002年3月、父・敏勝さんは多摩川で亡くなった状態で発見されました。
自殺だったようです。
そんな敏勝さんの姿を見つける直前まで、小室圭さんと母・佳代さん、そして敏勝さんの父含む親族が、自宅で敏勝さんの帰りを待っていました。
しかし一向に戻って来ないため、佳代さんが目の前に座っていた敏勝さんの父を罵倒したのだと言います。
⬇︎※女性セブン2021年1月7・14日号
突然、仁王立ちになって大声で義父に向かって怒鳴り散らし始めたのだ。
「小室は自殺している! それは全部あなたたちのせいだ!」
反論せず、じっと床を見つめて耐えている祖父の頭上に、更なる怒鳴り声が突き刺さる。
「あなたたちの愛情が足りないから彼は自殺したんだ!!」
小さな祖父の背中は、佳代さんの大声に反応する機械のように、罵声を浴びるたび、どんどん丸く小さくなる。
その怒号がやんだのは、見かねた親族が割って入ってからだった。出典:https://news.yahoo.co.jp/articles
小室圭さんは、当時4歳。
目の前で自分の母が祖父を激しく叱責している姿は、彼の目にどう映ったのでしょうか。
また、2017年6月1日号『週刊新潮』では「焼身自殺だった」とも報じられていますが、デリケートな部分なので死因については詳しく報じられていない、という状態。
ただ自殺に至った経緯は、佳代さんの父(小室圭さんの母方の祖父)からマンションをほぼ強制的に購入させられたため、という情報も。
小室圭さんはその後、小学校を1週間ほど休みました。
ただ小学生だった小室圭さんは、度々『お母さんは僕が守る。僕がついているから大丈夫だよ』と語る心優しい少年だった、と後日母の佳代さんから語られています。
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